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  • ヒルトゥネン 久美子

「コロナ緊急事態で行動の自由が制限される時に思うこと」

  

 今、フィンランドもコロナのために、緊急事態法が発令され、日常生活がかなり制限されるようになってきました。生まれて初めての体験です。今まで与えられていたものが、どんどん制限され、取り上げられていきます。学校は遠隔授業、大人は自宅で仕事、大好きな友人とのお茶タイムも自粛、高齢の両親やおじいちゃん、おばあちゃんと会えなくなる。。。。事態の重要性は理解しながらも、不安は募ります。

 「いつまで続くの?」「ひとりぼっちの高齢者が可哀想」「解雇されるのでは?」「フリーランスの人は仕事がなくてお手上げです」「家にこもっていたら家族もイラつく」「子供の勉強と学力低下も心配」「国は経済的な面倒を見てくれるのか?」。。。。。。心配しだしたら、きりがないほど項目が上がってきます。

 でも、正直心配しても仕切れない、予測がつかない状況でもあるのです。

幸い、フィンランド政府は毎日、記者会見を開き、情報のアップデイトと国民への丁寧な説明を繰り返ししてくれます。 そしてその姿勢は信頼の置けるものです。 30代の女性大臣がずらりの、ぱっと見、圧倒される内閣主要メンバーですが、一般の国民に「分かりやすい言葉=私たちと同じ言葉」を使い、説明してくれます。ともすれば、政治の世界はチンプンカンプン。 難しい用語が並び、全く訳がわからない、ということになりかねないのですが、この件では政治家も、一般国民も皆同じ船に乗っています。富んでいる人も、貧困で苦しんでいる人も皆同じ立場です。特にワクチンや治療の方法がまだないということが、良い意味で人を分け隔てできない状況に追い込み、皆が同じ船に乗っているということを実感できるのです。

 そう思ったら、別な意味で “気が楽に”なりました。

皆が一丸となるという意味がストレートに心に響きます。また、コロナ対策への成果が出せるのは私たち一人一人にかかっていると言うことも真剣に受け止めざるおえない事実です。こんなに全ての国民が一丸となることってあったでしょうか?幸い、これは戦争ではありません。今この時、戦火に苦しむ国もあることを考えると、私たちの思い煩いは小さなものだと気付かされます。

 本当に今、私たち一人一人の出番なんです。誰かが何かをしてくれるのを待つのではなく、社会の一員として共に参加し、状況を変えることができるんですね。それを期待されています。 そしてそうする義務があります。自分のためだけでなく、周りの人のために、家にとどまること。他を守ることをこの時ほどに国民皆に考えさせる機会はあまりなかったかもしれません。実は環境問題もそうでした。他を守ることが自分の生活にも影響することがわかっていたのに、実感がない。十分に行動を起こさないできた私たちを反省したいです。コロナによる人間社会での不都合を余儀なくされたおかげで、自然が回復してきたり、魚やイルカも戻ってきたという話を聞きます。ちょっと皮肉な話ですが、私たちの生活の不都合や不便さはいろいろな意味で、自分たちに起因した問題のツケであったこともわかります。

 大丈夫!きっとコロナに勝ちます!でも、そのために私たちの在り方を変えることを今教えられています。そしてこの制限を通して人生の中で一時的に経験する不便さが、そのおかげでまた取り戻すことができたかもしれない自然の恵み、お隣さんとのお付き合い、不便も楽しむ姿勢、何よりも一緒に居ざるおえなくなり、イラついたかもしれない家族の絆を深めてくれることを期待したいです。

 経済的な不安、心身の不安、私たちの受ける傷は確かに深く大きいです。(私もこの失業期間をどうしたらいいかと落ち込みました。)でも、「すべてのことに意味がある」と考えると、この厳しい辛抱の先に、私たちの在り方を見直し、きっと私たちが、社会が、新たに生き返る、その時があると信じ、希望を持ちたいです。

 人のために役立ちたい。今とても、そのことを思わされます。一人暮らしの高齢者のことが気になります。助けを必要としているお母さんや孤独な人たちに気付き、声をかけてあげられるよう、いつも顔を上げて笑顔でいたいと思います。。仕事がなくなった今、私にとっては、未来創りのための実習期間です。天を見上げて、この時をポジティブに受け入れたいと思います。

2020年3月23日



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